会社について
Rooted in print.
Driven by communication.
DAIQ continues to grow
as a creative partner
connecting people, ideas, and communities.
Corporate Philosophy
企業理念
- 1. お客様に「利益」と「社会に貢献できる」製品を創る。
- 2. 私達は会社の繁栄を通じて生活向上をはかり、働く誇りと喜びを共にします。
Message
代表挨拶
私たちは長年にわたり、印刷を通じてお客様の想いを「伝える」お手伝いをしてまいりました。しかし、情報を届ける手段は時代とともに大きく変化しています。紙だけではなく、Webサイト、SNS、動画、デジタルサイネージなど、多様なメディアを組み合わせたクロスメディアの活用が、企業の情報発信には欠かせない時代となりました。
だからこそ当社は、「印刷会社」の枠にとらわれず、お客様の課題を解決する情報発信のパートナーでありたいと考えています。紙の持つ信頼性や温かみと、デジタルの即時性や拡散力を融合させ、それぞれの特長を最大限に生かしたご提案を行っています。
変化の激しい時代だからこそ、私たちは挑戦を続け、新しい価値を創造しながら、お客様と地域社会に貢献してまいります。これからも「伝える」を超え、「伝わる」「成果につながる」コミュニケーションを実現する企業として、一歩先の未来をともに築いてまいります。
株式会社ダイキュー
代表取締役 古田 徹
Company Profile
会社概要
- 社名
-
株式会社ダイキュー
- 所在地
-
本社/岐阜県大垣市赤坂大門3丁目61-1
名古屋営業所/愛知県名古屋市西区木前町81-1-201
岐阜営業所/岐阜県岐阜市熊野町27-2
不破営業所/岐阜県不破郡垂井町1101-41
- TEL
-
0584-92-2481
- FAX
-
0584-92-2549
- 創業
-
昭和47年9月1日
- 資本金
-
10,000千円
- 代表者
-
代表取締役 古田 徹
- 従業員数
-
35名
- 事業案内
-
総合印刷 SP企画 デザイン 製本 出版 Web制作 パンフレット リーフレット カタログ チラシ 封筒 冊子 フリーペーパー 書籍 帳票類 新聞 名刺 DM ショップカード ディスプレイ 大型ポスター 看板 POP ステッカー ノベルティ カレンダー グラフィックデザイン CI VI制作 ブランディング 映像制作 広告写真撮影 AR広告
History
沿革
- 昭和47年 9月
-
大垣市熊野町において資本金200万円にて「大急印刷」設立
- 昭和50年 10月
-
資本金400万円に増資「有限会社大急印刷」とする
- 昭和60年 1月
-
西濃地域初のワープロを導入し製版機能を強化
- 昭和61年 9月
-
四六四裁2色機導入、カラー印刷に力を入れる
- 昭和62年 1月
-
事務所及び製版室を新築
- 平成元年 6月
-
製本部新設、丁合機・無線綴機を導入
- 平成3年 9月
-
資本金1,000万円に増資、「株式会社大急印刷」に組織変更する
- 平成6年 10月
-
菊半裁4色機・殖版機を導入する
- 平成7年 10月
-
社名を「株式会社ダイキュー」に改称する
- 平成12年 4月
-
菊半裁4色機増設
- 平成13年 4月
-
CTP導入
- 平成20年 4月
-
デザイン部新設、デザインから印刷・製本まで社内一貫体制を構築
- 平成21年 11月
-
四六半裁4色機導入
- 平成22年 8月
-
プライバシーマーク認定業者登録
- 平成25年 11月
-
業務拡大のため大垣市赤坂大門に本社・工場を新築移転
- 平成27年 7月
-
Web制作事業開始
- 平成28年 1月
-
四六半裁4色機導入
- 平成28年 7月
-
愛知県名古屋市内に名古屋営業所開設
- 令和5年 7月
-
岐阜営業所を開設
- 令和6年 1月
-
四六半裁4色機導入
- 令和6年 2月
-
不破営業所を開設
- 令和6年 3月
-
私募債発行
- 令和6年 9月
-
創業50周年を迎える
50 Years of Story
50年のあゆみ
1969-
紆余曲折の末に
印刷業開業
終わりのない、印刷業開業。
幼少のころから起業を志していた古田兄弟。
会社員だった父から「会社の歯車になるのではなく、自分で事業を興せ」と背中を押され、
高校時代から好きだった車に関わる整備工場の開業を目指していました。
しかし、時代はオイルショックの真っただ中。整備工場倒産のニュースが相次ぎ、将来性を考えた末に断念。
その後、兄弟はそれぞれ自動車メーカーで働きながら機会を探り、やがて印刷業界へ転身します。
兄は営業、弟は現場で修業を重ね、独立への準備を進めていきました。
ところが、その矢先に弟・康夫が印刷機の事故で大怪我を負い、左手に後遺症が残ることに。
それでも兄は弟を励ますように独立を決意。
中古の印刷機1台と、営業1人・職人1人という小さな体制でスタートしました。
未熟な技術を誠意とスピードで補おうと掲げた屋号は「大急印刷」。
1972年、ダイキューの前身となる大急印刷が誕生しました。
1972-
必死に踏ん張り、
地域に欠かせない存在に
地域に欠かせない存在に。
最初の仕事は、地元商店街の特売チラシ。不自由な手で康夫は丁寧に刷り上げた。
その後は自治体の広報物や学校の卒業者名簿など、地域に密着した媒体を任されるようになってゆく。
地元小学校の100周年記念誌を手掛けたことは今も誇りである。
しかし、睡眠時間を削って働けど、手取りは一向に増えない。風邪で倒れても代わりはいない。
兄弟2人の苦しい状況が2年ほど続いた。作業効率が悪い、取ってくる仕事が悪い
……兄弟が人生の中で最も言い合った時期。
「勝ち組となっている同級生たちに負けたくない!」その一心で、歯を食いしばり堪えた。
軌道に乗ったと言えるようになったのは、揃って妻を迎えたあたりだろうか。
定年退職した父や妻たちが仕事をサポート。
1台、そしてまた1台と機械が増え仕事が増え、そして社員が増えていった。
1994年には、4色刷りの機械を入れた。
1991年に株式化し「株式会社大急印刷」に。
さらに4年後の1995年、より時代に即した社名へとの思いから、
現在の社名である「株式会社ダイキュー」となった。
2010-
成長、安定、
そして拡大期
成長、変化、そして拡大期。
ダイキューとしての大きな転換期は、創業者の息子たちの入社と時期を同じくする。
時は写植からDTPへ。個人情報保護法の成立に伴って学校の卒業者名簿がなくなり、
商店街の衰退でチラシは激減した。官公庁からもらう地域密着型の商品から、
一般企業から受注する商業印刷の比重を上げることに注力。
2008年には社内デザイン部を創設し、制作の強みとダイキューカラーを打ち出した。
4色オフセット印刷機やCTPを導入する傍ら、
印刷物の枠を超えたプロモーション営業に特化した営業企画部も立ち上げた。
名古屋に事務所を新設し、営業範囲が拡大。広告代理店との取引もぐっと増えた。
こうしてダイキューは大きなシフトチェンジを成し遂げ、
次なるステージへと駒を進めたのである。
-2024
喪失感を乗り越え、
その先へ
未来を描き、その先へ。
創業以来、増改築を重ねてきた社屋が手狭になり、新社屋建設計画が始動。
その頃、65歳での引退を決めていた年忠は、長男・徹へ社長職を引き継ぎ、自身は会長に就任しました。
新社屋計画も自ら指揮を執り、準備を進めていました。しかしその最中、年忠に進行ガンが発覚。
余命宣告を受けながらも強い意志で新社屋建設を進め、2013年、ついに移転を実現します。
新しい社屋で満開の桜を眺めることができたのは、移転からわずか数か月のことでした。
そして2014年、年忠は逝去。
突然の別れに社員一同が不安を抱える中、徹もまた大きな責任と向き合うことになります。
しかし、父が築いてきた人脈や信頼、そして社員の支えが背中を押しました。
「適正価格」「適正品質」という創業以来の姿勢を守りながら、時代に合わせた商品・サービスを展開。
“大急ぎ仕事の印刷屋”として始まったダイキューは、
50年を経て、印刷・デザイン・Web・映像までを手掛けるコミュニケーション企業へと進化しています。